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ホーム スポーツと学園 / 前理事長のスポーツ貢献
学園では、生徒・学生の心身両面の健全な発達のために、遥か昭和初期から部活動に力を入れてきました。
故後藤こう二前理事長は1965年(昭和40年)に「私とスポーツ」という随想で、次のようなことを記しています。
十九歳で父親を亡くしてから風波と闘って学園の経営に頑張ってこられたのは、小学校の頃からずっと続けたスポーツ(剣道)のお陰である。学園を卒業していく生徒たちはやがて技術者になっていくが、健康な肉体と健全な精神によって勤めも充分でき、正しい者から良い物、健全なアイデアが生まれると私は確信している。だから学園ではスポーツを教育の一貫として取り入れ、身体と精神が健全な生徒を育て産業界に貢献したい。
故前理事長は、この想いから部活動に力をいれ、昭和5年の卓球部創設に始まり、各種の部を次々と創部。その遺志は現理事長にも引き継がれ、今日に至る「クラブ活動、スポーツの活発な名電」を作ってきました。両理事長の活躍と部活動の歴史、栄光の一端をお伝えします。
世界卓球選手権大会(ミュンヘン) :1969/昭和44年 世界卓球選手権大会(ミュンヘン) :1969/昭和44年
世界卓球選手権大会(ミュンヘン)に選手団団長として参加。
北京人民大会堂にて中国・周恩来首相と :1971/昭和46年1月
この時の会談で名古屋市で、開かれる第31回世界卓球選手権大会に、当時国交のなかった世界最強の中国チームを招聘する話がまとまり、後の米中接近、ニクソン訪中、日中国交正常化への足がかりを作った偉業は「ピンポン外交」として今日にも語り継がれている。
北京人民大会堂にて中国・周恩来首相と :1971/昭和46年1月
第31回世界卓球選手権大会(名古屋) :1971/昭和46年3月 第31回世界卓球選手権大会(名古屋) :1971/昭和46年3月
第31回世界卓球選手権大会(名古屋市)で中国卓球チーム選手団 団長とともに。
故前理事長のスポーツ関連の役職及び貢献
年号|西暦|月|できごと
大正
12年
1923 4月
日本卓球協会理事(〜昭和28年3月)
昭和
20年
1945 9月
愛知県卓球協会会長(〜昭和47年1月)
昭和
22年
1947 4月
名古屋市卓球協会会長(〜昭和47年1月)
名古屋市体育協会副会長(〜昭和33年3月)
東海学生卓球連盟会長(〜昭和47年1月)
昭和
25年
1950 4月
愛知県体育協会競技委員長(〜昭和47年1月)
全国高等学校卓球部会長(〜昭和35年8月)
全国実業団卓球選手権大会監督として優勝
昭和
29年
1954 4月
日本卓球協会副会長(〜昭和31年3月)
第21回世界卓球選手権大会(ロンドン)、日本選手団団長a として団体優勝
昭和
30年
1955 1月
名古屋市千種区剣道連盟会長(〜昭和47年1月)
昭和
31年
1956 4月
日本卓球協会顧問に就任(〜昭和38年3月)
昭和
32年
1957 4月
日本フェンシング協会副会長(〜昭和47年1月)
昭和
33年
1958 4月
名古屋市体育協会会長(〜昭和47年1月)
昭和
35年
1960 8月
全国高体連卓球部会名誉会長(〜昭和39年8月)
昭和
36年
1961 1月
全国教職員卓球連盟会長(〜昭和47年1月)
愛知県体育協会選手強化委員会副委員長(〜昭和47年1月)
昭和
37年
1962 9月
10月
愛知県スポーツ振興審議会委員(〜昭和47年1月)  
国民体育大会愛知県選手団団長(以降連続〜昭和47年1月)
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